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2001年、九州で絶滅宣言。
2004年、2372頭が殺される。
現在、多く見積もっても15,000頭。


これ、なんだか分かります? 実は、ツキノワグマに関する最近の数字なのです(出典はこちら)。

戸隠森林植物園にクマ(ツキノワグマ)が出没しているそうです。
観光客も多く訪れる自然豊かな場所、おいらもバードウォッチングなどで頻繁に訪れています。

そんな場所にクマが!

と驚かれる方もいらっしゃるでしょうが、それって、あまりにも人間中心なものの見方ではありませんか?
山はもともと彼らの棲みかなのです。そこに後から人間どもが入り込み公園を作っただけのこと、クマが出てくることに何の不思議もありません。
ミズバショウが生え、他に食用となる植物も多い森林植物園、人のいない山奥で静かに暮らしていたクマが食べ物を求めてやってきたとしても、全く不自然ではないのです。逆に、クマがいないほうがよっぽど不自然だとおいらは思ってます。
まぁ、人間の出没するようなところは避けて通るのがクマの流儀ですから、人の多い森林植物園なんかに出てくるはずもないんですが。

では、なぜ?

ツキノワグマの詳しい生態が明らかでない以上、はっきりしたことは言えません。しかし想像するに、春の異常に遅い雪融けと低温。長引いた日照不足と降雹、梅雨末期の大雨……。クマの餌が不足するには絶好の条件ではないかと思います。食べ物に事欠けば、いやでも出没する範囲を広げざるを得ませんし、人間のいるところへでも行かなければなりません。それこそ、背に腹は替えられないのです。そして比較的食べ物の多い森林植物園に居座ることになるのも当然の流れでしょう。
ことに、子グマが一緒となればなおさらです。

「愛情」は人間の専売特許だと思ってる人、いらっしゃいません? いたら、考え方を改めてください。愛情は決して人間だけのものではないのです。

わが子にわが身を与えるクモには愛はないのか?
身を挺して卵を守るカメムシに愛はないのか?
自分が死ぬまで飲まず食わずで卵の世話をするイカに愛はないのか?

彼らは決して子供が死ぬまで殴ったり食べ物を与えなかったりなんてことはしません。
彼らは決して橋の欄干からわが子を突き落としたりはしません。
彼らは決してわが子を炎天下の車内に置き去りにしたりはしません。

母グマが子グマのために、危険を承知の上で人のいる場所にやってきているのです。
これを愛情と呼ばずになんとしましょう。

もともと彼らは人間を大変恐れます。
ヒトを襲うのは進退窮まって逃げ場を失ったときだけなのです。

人間がクマを恐れるのだって当然の心理でしょう。
何度か接近遭遇しているおいらだって、近くにクマの気配を感じれば動悸が早くなったり鳥肌が立ったりします。
でも、それをことさらに強調して見せるのはどうかと思います。
それこそ人間中心的な考え方ですし、ワイドショー的野次馬根性ではないでしょうか。
第一、子供じみてると思いませんか? 「くまだわーこわい」なんて、恥ずかしすぎます。

クマのいるところに行くんだから、クマに会いたくなければクマ除けに鈴やラヂヲを持ち歩くのは野遊びの初歩の初歩、それでも万が一、クマに遭遇して襲われるようなことがあっても、それは「自己責任」であって、クマをうらむ筋合いの話ではありません。

あり得ないことではないと思いますよ。
森林植物園のように人の多いところでは、クマが人に取り囲まれていると勘違いして手当たり次第に襲い掛かる可能性だってあるのです。
彼らにすれば「敵中強行突破」であって正当防衛なのです。

彼らのことをよく知りもせずに、ただ闇雲に恐れるのはやめにしませんか? 文明人らしからぬ態度だと思いますよ。それに、彼らは「絶滅危惧種」なのです。
クマなんか人の役に立たないんだから滅びても仕方ないと思ってるそこのあなた。あなたのほうこそ先に滅んでください。ってゆーか、このブログを読んで下さってる人には、そんな人はいないと思ってますが。

今人間に求められているのは自然との共生なのです。
もう何万べんも唱えられているお題目かもしれませんが、それ以外に人間が種として生き延びていくすべはないのです。

鳥や花を愛でる心があるのに、なぜクマを恐れるのです?
人を襲うから?
黒くて大きくて気味が悪いから?

何も、クマを愛してくれとは言いません。少しだけ、ほんの少しだけ彼らを理解しようとする努力とさらにほんのわずかの愛情を与えていただければ、と思います。


いや、なんだか久しぶりにマヂんなっちゃったな(^^;ゞ

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無題
暑中お見舞い申しげます。
すこしだけ、愛を。大変に興味深く拝見致しました。「子グマの奮闘記」と「人はクマを見てほんとうの人になる」をyado6とテレビを見ながら感動しましたが、韓国のプロジエクトの方々のご苦労に、横田博さんの熱意に考えさせられました。

2006/08/04(Fri)19:42:32 編集
Re:無題
杏さん、こんばんは。
暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。
すっかりご無沙汰しちゃって、申し訳ありません(^^;ゞ

早速コメントありがとうございます。
実は、おいら全然テレビを見なくなってしまったもので、この番組も見てないんですよ。ツキノワグマについていろいろ検索してたらTBSのサイトがひっかかりまして、出てきた数字に驚いてしまいました。
15,000頭の2,372頭ですもの。約16%ですよ。
ただでさえ減ってきているというのに。

先日、とあるブログでクマに関する記述を見つけたとき、正直申し上げて大変不愉快になりました。
数日悶々とした挙句に出てきたのが、今回の文章です。
推敲もせずに一気に書いてしまったので、誤解を招きそうな文句や意味不明なところなどもありますが、一人でもいいんです、おいらのこの文章を読んでクマに対する偏見を捨ててくれる人がいてくれれば。

いつも心を癒し楽しませてくれる「自然」に少しでも恩返しができれば。
そう願って止みません。
【2006/08/04 22:46】
CWニコルさん
確か、イギリスでは何百年も前にクマが絶滅してしまったのに、この狭い日本にまだクマが生きていられる自然が残っていることに感動した…というようなことを言われていたような気がします。クマは豊かな自然の象徴なんですよね。日本の昔話を見てもクマは悪者としては出てこないように感じます。日本人はクマと共に生きていく感性を本来持っているのではないかと思います。
その感覚や関係を壊しているのが現在の自然環境の変化や破壊なんでしょう。クマも人里に出てこざるを得なくなってきている。それはお互いにとって不幸なことかもしれません。

私は幸いにしてというか不幸にしてというか、山でクマにあったことはありませんが、理想的には谷をはさんだ反対側の尾根をえっちら逃げていくというシーンでありたい。(^^)
なんて言っているうちに、本当にクマはいなくなってしまうかもしれませんね。
ねこしゅ URL 2006/08/08(Tue)00:11:10 編集
Re:CWニコルさん
おいらもできれば遠くから見ていたいですが。
怖いもの見たさというんでしょうか、会って見たい気持ちも半分(^^;ゞ
接近遭遇したのは3回ほどなんですが、いずれもはっきりと顔とかが見れたわけではないんで、やっぱり一度でいいからじっくりと(自然環境で)観察してみたいです。

CWニコルさんの話、おいらもココで知りました。

自然というのは、全てがつながりあって一つのカタチを作り上げているんだなぁ、と。
一つが欠けてもダメなんですね。他の何かが補完しようとしてもうまく行かない。するとその補完のためにまた他の何かが補完に回らざるを得なくなってくる。
自然界のデフレ・スパイラルですね。
ただ、その結果が目に見えるようになるまでものすごく時間がかかるものだから、目の前の利益に飛びつきたいニンゲンには見えないし、見えるようになった頃にはもう手遅れ、と。
手遅れになる前に何かしないと、という思いでいっぱいです。
おいらにできることなんて高が知れてますが。
そんな気持ちから始めたサイト運→ブログなんですが、「両刃の刃」っていうんでしょうか、ここで発信した情報が希少種の採集や盗掘に使われるという現実、正直言ってジレンマです。
【2006/08/09 11:47】
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